名古屋高等裁判所 昭和46年(ネ)233号 判決 1972年2月10日
控訴人 森孝行
被控訴人 一宮市
右代表者市長 森鉐太郎
<ほか四名>
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 水口敞
同 岩瀬三郎
同 棚橋隆
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「(一)原判決を取消す。(二)被控訴人一宮市は控訴人に対し、金一〇万円の慰藉料を支払え。(三)被控訴人一宮市教育委員会は、控訴人の教諭としての社会的地位及び名誉を回復させるために、一宮市教育委員会教育長の名で、「昭和四三年度において、一宮市立富士小学校森孝行教諭を、同校司書心得に任命した処分は、教育行政上の誤りを犯したものであり、且つ又、教育上の配慮に欠けていて申し訳なかった。また、昭和四三、四四年度と二度にわたって、一宮市立富士小学校長が森孝行教諭の、教諭としての身分上のとりあつかいを誤っていたことについて、なんら合法的な指導助言、監督をせず黙認してきたことは、当教育委員会の重大な誤りであり申し訳なかった。」との謝罪文をもって控訴人に謝罪し、その謝罪文を、一宮市立の全小中学校及び同市立富士小学校RTA会員全員に配布せよ。(四)被控訴人安達正衛は、控訴人の会社的地位及び名誉を回復させるために、一宮市立富士小学校前校長安達正衛の名で、「昭和四三年度において、森孝行教諭を教諭であるにもかかわらず学級の担任にせず、司書心得にして授業もさせないようにするべく校務を掌どったことは、校長として重大な誤りを犯したものであり、申し訳なかった。」との謝罪文をもって控訴人に謝罪し、その謝罪文を一宮市立富士小学校職員及び同校PTA会員全員に配布せよ。(五)被控訴人富田宣貞は、控訴人の社会的地位及び名誉を回復させるために、一宮市立富士小学校長富田宣貞の名で、「昭和四三年度につづいて、昭和四四年度も、森孝行教諭を学級の正担任にさせないようにするべく教務を掌どり、PTA及び職員に対して、森孝行は二年二組の補助と公言してきたことは、校長として重大な誤りを犯かしてきたものであり申し訳なかった。」との謝罪文をもって控訴人に謝罪し、その謝罪文を一宮市立富士小学校職員及び同校PTA会員全員に配布せよ。(六)訴訟費用は被控訴人一宮市の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決一二枚目裏四行目「成立」の次に「(第三号証、第四号証の一乃至七につき原本の存在及び成立)」を挿入し、同二〇枚目表一〇行目「徹回」を「撤回」と訂正する。)。
(控訴人の陳述)
一、控訴人に対し加えられた本件各所為が、控訴人の正当な組合活動に対する制裁とみせしめのためになされたものであることは、次の事実よりして明らかである。即ち、
1 控訴人は昭和四一年四月一宮市立浅井北小学校に新任として赴任したものであるが、それ以来一宮市教員組合の同校分会の青年部委員として良心的且つ積極的に組合活動に参加した。そのことが原因の一つとなって次年度において控訴人は強制且つ不意打ち的に同市立西成小学校へ転任させられた。
2 しかし、控訴人はそのような不当な制裁、差別に屈することなく、西成小学校においても、前記組合同校分会の青年部委員となり、職場の組合意識向上のため、常に最も進歩的態度で同分会員に対する啓蒙をはかり、一〇・二六闘争において、同校長鬼頭保司が不当にこれに干渉とおどしをかけてきたときなども、その不当性を同分会員の先頭になって追及し、これを排除した。
3 また、活気に欠け、執行部の伝達機関化していた一宮市教員組合の青年部委員会を改革するため、控訴人は、同委員会でたえず良心的且つ積極的に青年部強化のための発言をし、出席していた各分会の青年部委員の組合意識の向上をはかった。その結果、同委員会においてバレーボール大会の実施や青年部機関誌の発行を決議させ、実行させた。
そして、控訴人のそのような活動により、その後同委員会は執行部の伝達機関的低調さから脱して、自由に活発な発言をする組合本来の姿に大いに前進してきている。
4 そのほか、控訴人は、多くの組合員が教育委員会当局の不当な差別や制裁をおそれて、積極的且つ良心的に組合活動に参加する意識や風潮に欠けているのを革新するため、みずから組合員の先頭に立って、組合の決定した行動に積極的に参加した。
例えば、昭和四二年一〇月二六日のいわゆる一〇・二六賃金闘争においても、組合の決定した抗議行動の範囲内でなせる最大限の抗議行動として、名古屋市の栄町における県教員組合の統一行動に参加した。
一宮市教員組合員の中でこの抗議行動に参加したのは、執行部を除けば、一般組合員では控訴人ただ一人であった。
また、組合大会には教育委員や校長らが出席するため、自由活発な発言や討論がなされ難かったが、控訴人はそのような組合大会でしばしば革新的前進的な提案や発言をして、他の良心的組合員とともに組合大会の活発化に努めた。
さらに、組合の役員選挙においても対立候補が出ることはほとんどなかったのに、控訴人は、青年部組合員としてはじめて組合の執行委員に対立候補として立候補した。
5 控訴人が右のように組合役員選挙に立候補したことは、一般組合員なかんずく青年部組合員に与えた影響には量りしれないものがあった。即ち、それまで対立候補なしで選ばれていた執行部員が教育委員会当局によって優遇されてきているというのは、組合員の間における公然の秘密であり、良心的な教師組合員の不信と疑惑を抱かせていた。一方、それに逆って対立候補に出れば差別と制裁をうけるという有様であった。そのため、それまでなかなか対立が生じなかった。とりわけ、青年部組候補合員の対立候補は全く存在しなかった。そのような状況にあって、不当な制裁や差別のおどしを乗り越え、控訴人は青年部員としてはじめて、組合執行委員に立候補して、立候補の自由を確立するために革新的前進的役割を果した。それは、同時に、青年部組合員の中に、組合員本来の活動に対する自信と勇気を与え、積極的な組合活動への意欲を生じさせた。
6 それに対し、教育委員会当局は、控訴人のあとに続いて活動する組合員、とりわけ青年組合員の台頭による一宮市教員組合の活発化を阻止するため、控訴人を一〇年間に一度あるかないかという三年間に三校二年連続の転任という教育行政上の良識では想像することすらできぬ異例中の異例の転任をみずからの異動方針に違反するという自己矛盾を犯してまで強行し、さらにその上、控訴人から転任校での担任を奪い授業もさせぬ地位におとし入れて、控訴人のあとに続こうとする青年組合員に対するみせしめとした。
二、I・L・Oユネスコの「教員の地位に関する勧告」は、国際的に最も権威あるものであり、尊重さるべきこと国際的な法律というに値するものである。被控訴人らは、そのような右勧告を完全に無視し、真向から相反する所為を控訴人に対しなしたものである。被控訴人らの違反した右勧告項目は、八(指導的諸原則)、四一(昇進と昇格)、四五、四六(身分保障)、四七乃至五一(職業的行為の怠慢に関する懲戒処分)、六一、六三、六四、六六、六七、六八(職業上の自由)の各項目である。
三、被控訴人らは本件各所為をなすに当って、事前に控訴人から事情聴取をすることがなかったのであるが、それは教育基本法第六条のほか同法第一〇条第二項にも違反するものである。
(証拠関係)≪省略≫
理由
一、被控訴人一宮市教育委員会に対する訴について
教育委員会は地方公共団体の教育行政を担当する行政機関であって、人格を有するものではないから、法律が特に当事者能力を付与しない限りこれを有しないところ、本件のような損害賠償請求訴訟につきこれを付与した法律の規定は存しないから、控訴人の被控訴人一宮市教育委員会に対する訴は不適法なものといわざるをえない。
二、被控訴人安達正衛、同富田宣貞に対する請求について
被控訴人安達正衛、同富田宣貞がいずれも一宮市立富士小学校長であったことは当事者間に争いがなく、控訴人が違法と主張する被控訴人安達、同富田の各行為は、いずれも国家賠償法第一条第一項にいう「公権力の行使に当る公務員」の職務行為に該当すると解される。
ところで、当裁判所も、公務員の違法行為により損害を受けた被害者が右法条により国又は地方公共団体に対し損害賠償責任を追及できる場合は、当該公務員は被害者に対し直接損害賠償責任を負うことはないものと解する(本件にあっては金銭賠償ではなく、名誉回復処分を請求しているが、名誉という被害者の社会的評価の回復手段であってみれば、金銭賠償と同様、加害公務員自身がこれを行なわなければならないといったものではない。)。
従って、控訴人の被控訴人安達、同富田に対する請求は主張自体理由がないというべきである。
なお、公務員の不法行為について公務員が直接個人責任を負うかどうかということは実体法上の問題であり、訴訟法上の当事者適格の問題でないことは事の性質上明らかといわなければならない。
三、被控訴人一宮市に対する請求について
1 公務員の勤務関係はいわゆる特別権力関係に属すると解されるところ、控訴人が一宮市立富士小学校に教諭として勤務するものであることは当事者間に争いがない。
しかして、一般に特別権力関係の内部的事項に関しては違法の問題は生ぜず、司法審査の対象とならないといいうるが、特別権力関係の内部に関しても、法律が特に特別権力主体の支配命令権の行使について規制を加えることができないものではなく、そのときはこれに反する特別権力主体の処分が違法となること勿論であり、また、特別権力が特別権力関係設定の目的をこえて濫用されて、特別権力服従者の市民法上の権利を侵害するに至る場合はやはり違法なものとして司法審査の対象となるというべきである。
本件において控訴人が違法と主張する、控訴人を司書心得に任命した被控訴人一宮市教育委員会の行為、控訴人を学級の専任にせず、学校図書館の専任とした被控訴人安達の処分及び控訴人を学級の専任(正担任)とせず、補助(副担任)とした被控訴人富田の処分は、いずれも教育委員会又は学校長の有する学校管理権に基づいて発せられた職務命令であって、本来学校内部における構成員たる地位に関する内部的事項であり、控訴人の市民としての法律的地位に関するといえないものである。
そして、控訴人は、小学校一級普通免許状をもつ教諭たる控訴人が学級の正担任となることは法律上の権利であると主張し、控訴人が右主張の免許状をもつ教諭であることは被控訴人一宮市において争わないところであるが、学校教育法施行規則第二二条の「小学校においては、校長のほか各学級毎に専任の教諭一人以上を置かなければならない。」という規定は学級編成の基準を示したものであって、学校管理者に対し教諭を必ず学級の主担任とするよう義務付けたものではなく、まして教諭に主担任の地位を権利として保障したものでないことは、右規定の文言自体からも明らかというべきである。他に右控訴人の主張の根拠となる法律は見当らない。
また、控訴人はユネスコの勧告を援用するが、それが控訴人主張のように国際的権威を有するものとしても、直ちに控訴人と被控訴人一宮市との間の勤務関係を規整する法源となりうるものでないことは多言を要しないところであり、さらに、教育基本法第六条、第一〇条第二項をもって、被控訴人一宮市教育委員会らの前記行為乃至処分に関して控訴人に事前の意見陳述の機会を保障した規定と解するのは、全く控訴人独自の見解というべきで、採用に値しない。
しかし乍ら、控訴人のような教員資格を有する者が学級の主担任となるのが通例であることは公知の事実に属し、正当な理由なく、その意に反して、学級の主担任から外され或いは教諭の職務を助けるもの(学校教育法第二八条第七項)とされている助教諭のもとに副担任とされることは控訴人に精神的苦痛を与えることとなることは容易に肯認できるところであるから、仮に前記処分(司書心得任命行為それ自体はいかなる意味でも控訴人に対し不利益を課するものといえないが、それが学校図書館法第五条第二項後段の資格のない控訴人をして学校図書館の専任教諭とするためのものであるとすれば、司書心得任命行為と学校図書館専任命令とは一体的に把握して考察さるべきものである。)が、控訴人主張のように控訴人の組合活動即ち職員団体のために正当な行為をしたことを理由として又はその他正当な権利行使に対する報復としてなされた措置であるとすれば、それは地方公務員法第五六条に違反する又は特別権力関係設定の目的をこえて濫用された違法なものとして、司法審査の対象となると解するのが相当である。
2 そこで、控訴人主張の不法行為の成否につき検討する。
(一) 控訴人が昭和四一年四月愛知県公立学校教員に採用され、現在一宮市立富士小学校に勤務すること、昭和四三年四月右富士小学校長であった被控訴人安達から、同年度の担任として学校図書館の専任を命ぜられ、その後一週三時間同校二年一組の体育の授業を担当させられたが学級の専任から外されたこと、同月二一日、被控訴人一宮市教育委員会から同月一日付をもって、富士小学校司書心得に任命されたこと、昭和四四年度は、富士小学校長であった被控訴人富田から、同校二年二組の補助(副担任)として同学級の一週二六時間の授業のうち一四時間を担当するよう命ぜられたことはいずれも当事者間に争いがない。
なお、≪証拠省略≫によれば、昭和四三年度において控訴人は二年一組の体育授業のほか同学級の一週一時間のクラブ活動をも担任したことが認められる。
(二) まず、被控訴人安達らの前記各行為が不当労働行為としてなされたものであるかどうかの点であるが、≪証拠省略≫によれば、控訴人は、前示のように昭和四一年四月愛知県公立学校教員に採用されて、一宮市立浅井北小学校に赴任すると、一宮市教員組合(以下組合という)の同校分会青年部委員となり、昭和四二年四月には同市立西成小学校へ転任したが、やはり組合同校分会青年部委員となり、組合の青年部委員会でバレーボール大会の開催及び機関誌の発行を提案し可決されたこと、同年一〇月二六日朝賃金闘争の一環として行なわれた時間外抗議集会に参加し、登校したところ、同校鬼頭保司校長から嫌味をいわれたことがあること、昭和四三年三月二三日頃開催された組合定期大会で役員改選が行なわれた際、役員に立候補し、演説したが、その大会には右鬼頭校長が出席し、控訴人の演説を聞いていたこと、その演説の中で、右鬼頭校長が同年二月一〇日頃控訴人の母親を尋ね、控訴人が組合活動を行なっていることで母親に脅迫的言辞を弄したとして、それが不当労働行為であると訴えたことがそれぞれ認められ(る。)≪証拠判断省略≫なお、右鬼頭校長が控訴人の母親に対し脅迫的言辞を弄したとの点については、前掲甲第二号証の一にこれに添う記載があるが、それのみでは未だ右事実を認めるに充分とはいい難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。また、その事の当否は別として、弁論の全趣旨によれば、組合大会に校長が出席するのは恒例となっており、組合もこれを問題としていないことが認められる。
しかして、右認定事実に、≪証拠省略≫により認められる、控訴人のように一年毎に転任することが異例であることを併せ考えても、被控訴人安達らの前記行為が控訴人の職員団体活動をした故になされたものと認めるに足りないといわなければならず、本件証拠上他にこれを推測させる事実も認められない。
却って、前示のように控訴人を学校図書館の専任にし、又は学級の副担任にしたのは、原判決理由(原判決一四枚目裏二行目から一六枚目裏三行目まで)に説示するとおりであることが認められるので、ここにこれを引用する。
(三) 控訴人はまた、被控訴人安達らの前記行為は、控訴人が人事委員会に提訴し、年休をとったことを理由になされたものである旨主張し、≪証拠省略≫によれば、控訴人は、昭和四三年五月一五日愛知県人事委員会に対し、同年四月一日富士小学校に転任を命じた同県教育委員会の処分に対する不服申立をなしたことが認められ、原審における控訴本人尋問の結果中には、昭和四四年度において控訴人を主担任としなかった理由を控訴人から尋ねられて、被控訴人富田が右のような人事委員会に提訴中で年次有給休暇を多くとるからであると答えた旨の供述があるが、前示したところ及び≪証拠省略≫と対比して右供述は採用できない。
(四) それから、≪証拠省略≫によれば、被控訴人富田は昭和四四年四月一日富士小学校の職員に対し、同月五日入学式の席上生徒の父兄に対し、それぞれ控訴人に二年二組の補助(担任)をして貰うと発表したことが認められるが、それをもって社会通念上控訴人の名誉を毀損する行為とみる余地はないというべきである。
(五) 結局、前記被控訴人一宮市教育委員会の司書心得任命、被控訴人安達、同富田の担任決定はいずれもその有する職務権限に基づく裁量の範囲内の行為というべきであり、また、被控訴人富田の担任発表が名誉毀損行為といえず、いずれも適法なものと認められるから、その余の点につき更に判断を進めるまでもなく、控訴人の被控訴人一宮市に対する請求もまた理由がないといわなければならない。
四、叙上により、控訴人の被控訴人一宮市教育委員会に対する訴はこれを却下し、その余の被控訴人らに対する請求はこれを棄却すべきである。原判決が控訴人の被控訴人安達、同富田に対する請求は被告適格を欠く者に対する不適法な訴であるとして却下しているのは前示のとおり誤りであるけれども、本件は控訴人のみの控訴にかかり、同被控訴人らの独立の控訴又は附帯控訴もなく、又訴却下の判決は請求棄却の判決に比し上訴した敗訴の当事者にとって利益なものであるから、上訴審における不利益変更の禁止の行なわれる結果、上訴審においては原判決を取り消して請求棄却の判決をすることができない。
五、よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 福田健次 豊島利夫)